Story

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この世界に起こる出来事がすべて最初から決められているなんて、どうしても信じたくはなかった。

自分の中にあるこの優しい感情さえも、無意味になってしまう気がしたから──

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大鷹成一(おおたかせいいち)の場合

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 青空の下、全裸、日光を浴びて、目を覚ました。あたたかい。いつの間に寝てしまっていたのかと思い、記憶をたぐる。よく思い出せない。体を起こし、あたりを見回せば、白くてやわらかい物の上に寝ていたようで……雲の上?
「ああ、夢か」
 そうつぶやいて俺は、もう一度横になる。夢ならきっと、目を閉じれば覚めるだろう。

「ちょっと。いい加減起きなさいよ」
 唐突に女性の声が聞こえて、腹のあたりを硬いもので押されているような感覚がする。なんだようるさいな、夢の中なのに妙にはっきりした声と感触だな……と思いながら目を開けると、そこには白いブラウスに水色のスカートを履いた、小柄な少女が立っていた。小学生くらいの年齢に見える。おい靴底で俺の腹を踏んでいるぞ、どういうことだ。
「それに、粗末なソレを出しっぱなしにしてないで早くしまいなさいよね」
 あきれたような口調で少女は言う。俺が裸であることに対して文句を言っているらしい。
「しょうがないだろ、夢なんだから」
 そう言い訳をした俺の顔を見ながら、やれやれといった風で首を横に振る少女。
「あー、違うわよ。これは夢じゃない。あたしもあなたも現実に存在してるの」
 そして、腰まである長い金髪をかき上げながら、こう付け加えた。
「ただし普通とちょっと違うのは、あなたはもう死んじゃってるってことね」
 なんだか物騒なことを言っているが、どういう意味だ。
「死んでるって? 俺が?」
「そうよ。きちんと覚えているかどうか分からないけど、トラックにはねられたの」
 ということは何だ、つまり俺は事故にあって死んだって話なのか。
「どう、覚えてるかしら」
 言われてよくよく思い出してみれば、確かに……そうだ。記憶が徐々にはっきりとしてくる。
 一人で横断歩道を渡るセーラー服の後姿が見える、そこへ右手から猛スピードで突っ込んでくるトラック、何か言葉にならない声で叫びながら走り出した俺は、セーラー服の背中に無我夢中で体当たりして突き飛ばし、その直後に激しい衝撃を受けて宙を舞い、アスファルトと信号機と空の景色がスローモーションのようにぐるりと回って──、やがて地面に体が叩きつけられた。
「……思い出した」
「それなら良かったわ」
 そう、俺はあの時、トラックにひかれそうになっていた幼馴染の女……萱森恭子(かやもりきょうこ)を助けようとして突き飛ばしたのだ。そこまで思い出して、寝てる場合じゃないと気づいた。
「あいつはどうなった?」
 俺は体を起こして立ち上がり、金髪の少女に食って掛かる。
「恭子は! どうなったんだよ!」
「ちょっ、落ち着きなさいよ」
 少女は俺の剣幕にたじろぎ、あとずさりする。その肩に両手をかけて揺さぶるように問い掛ける。
「あいつはどうなったんだよ! 萱森恭子だよ! 無事なのか?」
「あのね、無事よ! 無事だから、この手を離しなさいよ」
 言われて俺は動きを止める。
「本当に無事なのか?」
「無事って言ってるでしょう。ウソをつく理由が無いわ」
 確かにそうかもしれない。俺は少女の肩から手を離し、膝をついた。
「それなら、いい」
 恭子が助かって俺は代わりに死んだ、そういうことか。生まれた時から一人も家族のいない俺にとって、恭子は一番大切な、妹のような存在だったのだ。お互いに両親がいなくて、ずっと孤児院で育てられてきた。結果的にあいつを助けられたのなら、それで良かった。

 しかし思えば短い人生だった……、高校も卒業せずに終わってしまったのか。せめて人並みに長生きしたかったし、まだやりたいこともあった。突然のことでまだ実感がわかないからなのだろうか、涙も出ないし悲しみさえ感じていなかった。まあ、こうなってしまったのだから仕方ない。今まで地獄へ行くような生き方をしてきたつもりはないので、大人しく天国に連れて行かれるとしよう。いずれ恭子とも天国で再会できるのだろうか。
 とりあえず股間を手で隠して、少女に尋ねる。
「ええと、君は俺をお迎えに来たってわけなのか」
「そういうことよ。理解してくれたみたいね」
 改めて少女の外見をよく見ると、透きとおるように白い肌と青い目をしていて、明らかに日本人ではないように思える。リボンのついた髪飾りやスカートの装飾を見ても、純粋に洋風の出で立ちである。
「いわゆる天使か何か?」
「まあ、そのようなものよ。名前はソフィア、よろしくね」
 天使にも名前があるのか、そりゃそうだ。しかし背中に羽が生えているわけでも、頭の上に光る輪っかがあるわけでもないんだな。そんなのは人間が想像しただけの勝手なイメージだから、実際には違っていて当たり前か。
「これから天国に連れて行ってくれるのか?」
「残念ながら違うわ」
「え……」
 ちょっと待て、それじゃあ地獄行きか。なんてこった、そりゃあんまりじゃないか? 最後だって人助けして死んだというのに!
「どうして地獄なんだよ? 俺が何したって言うんだ!」
「違う違う、ちょっと落ち着いて」
 ソフィアはため息をついてつぶやく。
「まったく、アレも粗末ならアタマも粗末ってわけ? ちょっとは考えなさいよね……」
 なんだかひどく侮辱されている気がするぞ。見た目の割りに言うこときついな、この子。
「地獄行きならとっくに、頭からまっさかさまに落としてやってるわよ」
 そしてそこそこ恐いこと言うね。
「あなたは天国行きでも地獄行きでもない。なぜなら、まだ若過ぎるから」
 どちらでもないだって? どういうことだ。
 その時、背後から男性の声がしてこう言った。
「ソフィア、その説明はわたしからしましょう」
 振り返ればそこには、スーツ姿の若い男が立っていた。銀に近い灰色の髪に青い目、長袖の白いYシャツの上にストライプ地のベストを着ている。
「いいわよ。でもアラン、先に服の着方を教えてあげてよ」
「確かにそれが必要ですね」
 ようやく全裸の状態が改善されるのか、ありがたい。何か服でもくれるのだろうか、あのバスローブみたいな白いやつ。
 アランと呼ばれたその男は、首もとに締めた黒いネクタイに手を添えてゆるめながら聞いてくる。
「まずは確認させて下さい。君の名前は、大鷹成一。合っていますね?」
「ああ、そうだけど」
「よろしい。それでは頭の中に、普段着ていた服装を思い浮かべて下さい」
 普段の服と言われてすぐ、学校の制服を着ている自分の姿が頭に浮かんできた。白い半袖のYシャツに黒いズボンとベルト、指定の靴。
「よろしい。完成です」
 気がつくと俺は、思い浮かべたとおりの服をいつの間にか着ていた。あれ、どうやって一瞬で着ることができたんだ?
「このように、自分の身に着けるものは、頭で考えるだけで実体化させることができます」
「どういうことだ?」
「君もわたし達も魂だけの存在です。だから、イメージするだけで姿を変えられるのですよ」
「へぇ」
 そんな便利な仕組みになっているのか。なかなかいいじゃないか、死後の世界。
 俄然、好奇心が湧いてきたので聞いてみる。
「どんな服でも出せるのか? あと、車とかでも?」
「具体的にイメージ可能なものならば、大抵は。ただし、元々この世界に存在しないものなんかは難しいですね」
「じゃあ、食べ物は? 飲み物は? 金銀宝石とかも?」
「うるさいですね、質問は一度にひとつにして下さい。さもなくば殺しますよ?」
「えっ……」
 ちょっと俺が調子に乗ってしまったせいだろうか、急にアランの口調が厳しくなった。だけど俺、もうすでに死んでるんじゃないのか。殺すって何だ。
「そういう細かいことは後でいいのです。大鷹成一、君の今後の処遇について伝えます」
 切れ長の目でまっすぐに見据えられ、神妙な気分になる。
「第二七三八八四五(にひゃくななじゅうさんまんはっせんはっぴゃくよんじゅうご)管理区域、つまりこの下方にある野木苗(のぎなえ)市の死亡管理業務を命じます。任期は百年」
 何だ? 死亡管理業務って、仕事するってことか?
「噛み砕いて少し詳しく言うと、この町で死んだ人間の魂を迎える役目をしてもらう、ということです。今わたし達二人がしているように」
「ちょっと待ってくれ、じゃあ何か、俺に天使になって働けってことか? しかも百年も?」
「質問はひとつずつ、と言ったでしょう。沸騰した味噌汁で顔を洗って出直して来なさい」
「そんなひどい!」
「それはさておき、端的に言えばそういうことになります。この業務命令は強制的なものです。希望すれば任期の延長も可能ですよ、百年単位で」
 強制かよ。しかも百年働いた上に更に百年延長できるだなんて、まだ二十年も生きてない俺には想像がつかない。どれだけ長いんだ。
「もし、拒否したらどうなるんだ?」
「地獄に落ちてもらいます」
「まじかよ」
 どうやら断ることはできそうにない。
「それじゃあ引き受けた場合、百年たったらその後は?」
「延長せずに勤務完了となった場合、報酬として君の魂は“浄化”されて、再び赤ん坊として生まれ変わります」
 そういうシステムになってるのか。
「あれっじゃあ結局、天国には行けないんじゃないか」
「ああ気が付きましたか、はっはっは。そういうことになりますね」
「なりますねじゃねーよ! 笑うなよ!」
 なんてこった、こりゃとんでもない貧乏くじだ。
「心配することはありませんよ、仕事の内容はそれほど難しくありません。指示通りにこなしていればいいんですから」
「そんなことよりショックだよ……恭子とも、もう会えないんじゃないか」
「いやいやその分、魂の状態でその子のことを見守ってあげればいいじゃないですか」
「あっ、もしかして天使の能力とかであいつと話をしたりできるのか?」
「まったくできませんね」
「そうかよ」
 もう踏んだり蹴ったりだ。

「ちなみに最初の仕事は五日後になります。市立病院で入院中の高齢の女性が一人、死亡する予定になっています。その方をお迎えに行ってあげて下さい」
「ん、どうしてそんな死ぬ日なんて分かるんだよ」
 ソフィアが、スマートフォンのような端末を手に持って、横から顔を出す。
「それはね、これを使うのよ」
 そう言って端末の画面を俺に見せる。
「この世界で起こるあらゆる事象を計算の係数として、未来予測を行なうアプリケーションよ」
 何だって? 未来予測? 画面には年老いた女性の顔写真と、名前やプロフィールらしき文字が並んでいる。
「難しくてよく分からないが、それで人の死ぬ時間がわかるんだな?」
「それだけじゃないわ。誰がいつ、何をして何を食べ、何を考えるかに至るまで、すべてが計算できるの」
「いやそれは無理だろ」
「それが無理じゃないのよ。全人類の脳内の電気信号の様子まで、完璧にシミュレートしているんだから」
 どういう原理なんだろう。
「もっとも、あまりにも遠い未来のことは予測精度が落ちてしまうわ。バタフライ効果って聞いたことあるでしょう? 先のことを予測しようとすればするほど、関係する係数が膨大になってしまうから、予測結果があいまいになるの」
「さっぱりチンプンカンプンだけど、ずいぶんハイテクなんだな」
「あら、失礼しちゃうわね。あたし達の科学のほうがずっと進んでいるのよ」
 人間の技術ではまだ到達できていないということか。
「ちなみに私立病院には、あなたの肉体も入院しているわよ」
「俺の肉体? もう死んだんだろ、入院してるって何だ」
「脳死状態で、まだ心肺機能は動いているのよ」
 おいおい、それじゃ生ける屍みたいなもんじゃないか。俺はそんなことになってたのか。
「せっかくだから様子を見に行きましょうか。見たいでしょう?」
「そうだな、確認しておきたい」
「下へ降りましょう」
 そう言うとソフィアは、絨毯のように敷き詰められた雲の切れ目から飛び降りていく。アランが言う。
「大丈夫、君も同じように飛ぶことができますよ」
 そして雲の切れ目から下へ飛び込む。
「おい、待ってくれよ!」
 あわてて俺もその後を追った。

 住み慣れた町を上から見下ろしながらゆるやかに落下していき、やがて私立病院の近くまでやって来た。ソフィアが、窓の外から病室を指して言う。
「ほら、幼馴染の子があなたのベッドに付きっきりで看病してくれてるわよ。泣けるわねぇ……」
 そこには確かに、俺の顔をした人間が様々な医療機器につながれて寝ている。そして、うつむき加減で病室の椅子に座る恭子がいた。かなり憔悴しているように見えるが、大丈夫だろうか。
「あいつの……恭子の未来も、分かるのか?」
「調べてみるわね」
 そう言ってソフィアは端末を操作し始める。
「これからしばらくは、脳死状態の大鷹成一のそばで看病を続ける、ということになってるね。そして約一年後、悲しみと看病とに疲れてやせ細り、肺炎を患って死亡することになっているわ」
「なんだって……?」
 恭子が一年後に死ぬだなんて、そんなことがあっていいはずがない。しかも俺のせいみたいなもんじゃないか。
「適当なこと言ってるんじゃねえよ、あまりにひどいじゃないか!」
「でもこれが未来予測の結果よ。百パーセントこの通りになるでしょうね」
 そうして俺に端末を見せる。確かにそこには、これから一年間の恭子の行動らしきものが表示されている。
「ちなみに彼女はそのあと地獄行きになるわ」
「何だよそれ……、どうしてだよ! 何でお前らはそうやってすぐ人を地獄送りにするんだ!」
 思わず叫びながらソフィアに詰め寄る。そこへアランが割って入ってくる。
「勘違いしているようですが、あなた方が想像するような天国なんて存在していません」
「存在しない?」
「そう、あるのは地獄だけです」
 そんな残酷な話があるか。
「一部の人間は“天使”や“賢者”などに姿を変え、その魂のまま生き続けることがあります。しかしこれはあくまでも例外です」
 アランやソフィアみたいな存在のことか。
「基本的にすべての人間は、死んでから地獄へ送られ、そこで何十年もかけて魂を“浄化”されます。その後、再び人間として生まれ変わるのです」
「さっき俺もその“浄化”ってやつ、されるって言ってなかったか?」
「その通り。君の場合は死亡管理業務を全うすれば、地獄へ行く必要は無いのです。だから、こうして天使として選ばれるのは幸運なことなのですよ」
「何が幸運だよ、それより恭子を助けるためにはどうしたらいい? 俺のために死ぬなんて見てられない!」
「それは無理な相談です。生きている人間に干渉できるのは、生きている人間だけです。君もわたし達も、萱森恭子を助けることはできません」
「天使の能力とやらで、何とかならないのかよ?」
「なりませんね。触れることも、こちらの声を聞かせることすらできないのですから。可能なのは観察のみ、そして死んだ人間の魂を迎えることだけです」
 八方塞がりってことか、ちくしょう。
「何だよ……救われないじゃないか……! あの時結局、救えてなかったんじゃないか……!」
 苦悩に顔がゆがんでいるのが自分でも分かる。
「それじゃあ俺は一体何のために……死んで……」
「君のその善行、つまり萱森恭子を助けたという行ないが評価されて、こうして選ばれているのです。地獄へ行かなくて済むんですよ」
 アランが懐中時計を見ながら言う。
「おっといけない、そろそろ次の死者を迎えに行く時間です。君とはまた五日後に、この辺りで集合としましょうか。いいですね?」
 今の俺には、それに答える気力も無い。体の力が抜けて、うなだれているだけだった。
「……よろしくお願いしますよ。それまでに少し頭を整理して落ち着いているようにして下さい」
 そう言ってどこかへ飛び去ろうとしていく。
「ソフィア、行きましょう」
 静かな声でソフィアが言う。
「あたしはもう少し話をしていくわ。先に行ってて」
「……分かりました。先に行っています」

 アランがいなくなったあと、少女は俺に語りかける。
「ねぇ、本当にあの子を助けたい?」
 その声に俺は顔をあげ、無言でソフィアを見つめる。
「ひとつだけ方法があるのよ」
 どういうことだろう。もう人間には干渉できないんじゃなかったのか。
「よく聞いて。大事な話よ」
 俺はうなずき、少女の話を聞く。
「一度死んだ魂は、肉体に戻ることはできない。だけど、地獄に落ちて魂の“浄化”を経験すれば、また人間として生まれ変わることができるの。それはさっき聞いた通りね」
「ああ」
「その後であれば、脳死状態のあなたの肉体に、魂を戻してあげることができるのよ」
「魂を戻す?」
「そう、つまりあなたは、あそこで寝ているあなたの肉体で蘇える」
 すごいじゃないか、それなら恭子に話しかけることだって可能だろう。
「脳の損傷具合によるけど、蘇えったあなたの記憶は、死んだ時点での記憶に戻る。あたし達と会ったことは全部忘れてしまうわ」
「魂の状態での記憶が消えるってことか」
「そういうこと。結局、地獄に落ちて一年以内に戻って来ることができれば、萱森恭子が死ぬ前にあなたは戻ってきて、彼女を助けることができる」
「その話、本当なんだな?」
「ウソをつく理由が無いわ」
「でも、さっき見せてくれた一年後の未来は、もう変わらないんじゃなかったのか?」
「この世界の未来予測の計算の係数に、地獄で起こる出来事は含まれていないの。だから、未来を変えられるとしたらこれしかない……現実世界の外で何かをやるしかないのよ」
 そうか、それなら確かに結果は変わるだろう。
「分かった、それじゃあ俺を地獄へ落としてくれ」
「地獄の苦しみはとても耐え切れるものではないらしいわ。あたしも経験したことは無いから分からないけど」
「それでもかまわない」
「普通は数十年かけて苦しみを受けて、魂を“浄化”されるのよ。それを一年以内でやり遂げるのは難しいと思うわ」
「やってみせる。あいつを助けられるなら、何だってやる」
「そう、それならもう引き止めないわ」
 恭子を助けるために、俺の意思は固まった。
「ところで、天使の仕事はどうなる? 五日後のお迎えの仕事があるって言ってたけど……」
「もちろん、地獄に落ちた時点で、死亡管理業務はクビになるわ」
「そうか。初仕事の前にリストラされるなんて、酷い話だな」
「本当ね」
 そう言ってソフィアは、少し悲しげに微笑む。
「それじゃあ残念だけど、ここでお別れね」
「そうだな。俺が地獄から戻ってきたら、よろしく頼む」
「約束するわ。大鷹成一、あなたの魂を、必ずあなたの肉体に戻してあげる」
 ソフィアが、その小さな両手を俺の顔の前にかざす。そして、こう囁いた。
「──落ちなさい」
 その瞬間、視界は暗転した。ぐるりと重力の方向がおかしくなり、体が逆さまになって落ちていく感覚。

 必ず一年以内に戻ってきてやる。そして、恭子を死なせたりするものか。
 その決意を胸に抱いて、深い闇の中へ、ずっとずっと落ちて……

 ……そうして俺は、地獄へ足を踏み入れることになる。

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epilogue(エピローグ)

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「あの子、あたしのことを天使だって勘違いしたまま、地獄に落ちていったわ」
「そうでしたか。そのほうが幸せかもしれませんね」
「それよりアラン、あなたこうなること分かってて、あの子を死亡管理業務に勧誘したんでしょう?」
「さあ、何のことです?」
「しらばっくれてもダメよ、最初から知っていたくせに。あなたの端末、スペック高いものね」
「ソフィアのとあまり変わらないはずですが」
「地獄の事象も計算係数に含めるプラグイン、追加したんでしょう」
「……高かったですからね、あげませんよ?」
「別にあたしは要らないわよ。いざとなれば地獄に友達もいるしね」
「そうでしたね」
「だいたい地獄に落とすなんて天使のあなたにはできないんだから、あたしがやらなかったらどうするつもりだったのよ」
「あっはっは! 野暮なこと言うのは苦手なんですよ。知ってるじゃないですか、長い付き合いなんですから」
「それは知ってるけど」
「信じてますからね、ソフィアのことを」
「何よソレ」
「いちおう弁明しておきますと、ルールは破っていませんよ。天使ですからね」
「あたしだって、あの子との約束を破るつもりはないわ。悪魔だもの、契約は絶対よ」
「律儀ですね。おせっかいで優しいあたり、どうしてか悪魔らしくないような気もしますが」
「何よ。“イイ悪魔”を自称してるんだから、それでいいじゃない」
──そう言ってソフィアは、満足そうに笑った。

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